がん術後リハビリテーション:体力回復とADL(日常生活動作)改善へのアプローチ
がん手術後のリハビリテーションは、単に病気を克服するだけでなく、患者さんの生活の質(QOL)を最大限に回復させ、可能な限り自立した日常生活を送れるように支援するために不可欠なプロセスです。手術によって失われた体力や機能、さらには精神的な影響も考慮し、多角的なアプローチが求められます。
体力回復の重要性と方法
がん手術による体力低下は、手術そのものの侵襲、麻酔、術後の疼痛、臥床期間の延長などが複合的に影響し、避けては通れない問題です。この体力低下を早期に回復させることは、合併症の予防、早期の離床、そして最終的な社会復心に繋がります。
有酸素運動
体力の根幹となる心肺機能の向上には、有酸素運動が効果的です。ウォーキング、自転車エルゴメーター、水中ウォーキングなどが、個々の体力レベルや病状に応じて選択されます。
効果
* 心肺機能の向上: 酸素摂取能力を高め、全身の持久力を向上させます。
* 筋力維持・向上: 継続的な運動により、手術による筋力低下を食い止め、回復を促します。
* 疲労感の軽減: 適度な運動は、がん治療に伴う慢性的な疲労感を軽減する効果が期待できます。
* 精神的健康の促進: 運動はエンドルフィンを放出し、気分を高揚させ、不安や抑うつ感を軽減します。
留意点
* 個別性の重視: 運動の種類、強度、時間、頻度は、患者さんの病状、体力、年齢、術式などを考慮し、専門家(医師、理学療法士、作業療法士など)の指導のもとで個別に行われます。
* 漸進性: 無理のない範囲から開始し、徐々に負荷を上げていくことが重要です。
* 休息の確保: 十分な休息と栄養補給と並行して行うことで、効果を最大限に引き出します。
筋力トレーニング
手術部位周辺の筋力低下だけでなく、全身の筋力低下もリハビリテーションの重要なターゲットです。
方法
* 自重トレーニング: 自分の体重を利用したスクワット、腕立て伏せ(壁や椅子を使ったものから)、腹筋運動など。
* レジスタンスバンドトレーニング: 負荷を調整しやすいゴムバンドを用いたトレーニング。
* 軽いウェイトトレーニング: 慣れてきたら、軽いダンベルなどを使用。
効果
* 身体機能の回復: 歩行、立ち上がり、物を持つの動作などがスムーズになります。
* 姿勢の改善: 体幹筋の強化により、良好な姿勢を維持しやすくなります。
* 転倒予防: 下肢筋力やバランス能力の向上により、転倒リスクを低減します。
呼吸理学療法
特に開胸・開腹手術や、肺がん、胸膜疾患などの患者さんにとって、呼吸機能の回復は生命維持に直結します。
方法
* 深呼吸訓練: 腹式呼吸や胸式呼吸を意識的に行うことで、肺活量の維持・向上を図ります。
* 排痰訓練: 溜まった痰を効果的に排出し、肺炎などの合併症を予防します。
* 呼吸筋トレーニング: 呼吸筋を強化する専用の器具を用いたトレーニング。
効果
* 換気能力の向上: 肺の隅々まで空気が行き渡り、酸素の取り込みが効率的になります。
* 合併症予防: 肺炎や無気肺といった呼吸器系の合併症リスクを軽減します。
ADL(日常生活動作)改善へのアプローチ
体力回復と並行して、日常生活を円滑に送るために必要なADLの改善もリハビリテーションの重要な目的です。
基本動作の再獲得
食事、着替え、入浴、排泄、整容といった基本的なADLは、自立した生活の基盤となります。
食事
* 嚥下訓練: 嚥下障害がある場合、言語聴覚士による嚥下評価と訓練が行われます。
* 自助具の活用: 握力の低下などがある場合、滑り止め付きの食器や特殊な形状の箸などが活用されます。
更衣・整容
* 動作方法の工夫: 手術部位に負担をかけない、効率的な動作方法を習得します。
* 装具・補助具の活用: ボタンフックや靴べらなど、ADLを補助する自助具の利用方法を学びます。
入浴・排泄
* 座位・立位バランスの向上: 浴室やトイレでの安全な動作のために、バランス能力の訓練が行われます。
* 介助方法の指導: 必要に応じて、家族への介助方法の指導も行われます。
移動動作の改善
歩行能力や階段昇降能力の回復は、社会参加への第一歩となります。
歩行訓練
* 歩行器・杖の利用: 最初は歩行器や杖を使い、徐々に補助具なしでの歩行を目指します。
* 歩行パターンの修正: 不自然な歩き方を修正し、より効率的で安全な歩行を習得します。
階段昇降訓練
* 手すりの利用: 手すりを効果的に使い、安全に昇降する方法を練習します。
* 一段ずつの練習: 小さな段差から始め、徐々に慣れていきます。
高次脳機能・精神面のサポート
がん手術や治療は、身体的な影響だけでなく、認知機能や精神面に影響を与えることもあります。
認知機能
* 記憶力・集中力の改善: 認知トレーニングや、日常生活における工夫(メモを取る、ルーチンを作るなど)でサポートします。
精神的ケア
* 心理カウンセリング: 不安、抑うつ、孤立感など、精神的な苦痛に対するカウンセリング。
* SST(ソーシャルスキルトレーニング): 対人関係のスキルを向上させ、社会復帰を円滑にします。
* 情報提供と教育: 病状や治療、リハビリテーションに関する正確な情報を提供し、患者さんの不安を軽減します。
リハビリテーションの段階とチームアプローチ
がん術後リハビリテーションは、一般的に以下の段階を経て進められます。
急性期
手術直後から、ベッド上での関節可動域訓練、呼吸訓練、早期離床の促進などを行います。合併症の予防と、身体機能の低下を最小限に抑えることが最優先されます。
回復期
病状が安定したら、病棟内やリハビリテーション室での本格的な訓練を開始します。体力回復、筋力向上、ADLの自立度向上を目指し、個別プログラムが展開されます。
維持期・生活期
退院後も、自宅や近隣の医療機関、デイケアなどを利用し、継続的なリハビリテーションを行います。体力やADLの維持・向上、社会復帰、さらにはQOLの維持・向上を目指します。
このプロセスを円滑に進めるためには、多職種連携が不可欠です。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士、管理栄養士、ソーシャルワーカーなど、それぞれの専門知識や技術を結集し、患者さん一人ひとりに合わせた包括的なケアを提供します。
まとめ
がん術後リハビリテーションは、単に失われた身体機能を回復させるだけでなく、患者さんが再び自分らしい生活を取り戻し、より豊かな人生を送るための力強い支えとなります。体力回復とADL改善は、その中心的要素であり、個別化されたプログラムと多職種チームによる専門的なサポートによって、最大限の効果が期待できます。患者さん自身の意欲と、医療チームの継続的な関わりが、リハビリテーション成功の鍵となります。
